命について考える日~「いのちの集い」を開きました~ 全校道徳

2026年6月17日
    浜松市の小中学校では、毎年6月12日前後を「命について考える日」と定め、児童生徒が命や生きることに向き合う時間を設けています。

    中郡中学校では、本日6月17日(水)に「いのちの集い」を開きました。今年度は、一人ひとりが当事者として「いじめ」や「いのち」に向き合えるよう、デジタル端末(タブレット)も活用しながら、より深く主体的な話し合いを行いました。
    ■ 「これっていじめ?」身近な場面から考える

    各クラスの生活班ごとにグループディスカッションを行いました。

    まずは「いじめの定義」を再確認した上で、学校生活で誰もが遭遇しうる、次のような具体的な場面について考えました。

    「授業中に発表して間違えた時、後ろの席の人にクスクス笑われた。これって、いじめ?」

    「ただの照れ隠しや冗談半分では?」「いや、本人はすごく傷つくはず」など、班ごとに活発な議論が交わされました。

    それぞれの意見はタブレットのフォームを使ってその場で回答・送信し、集計結果をリアルタイムで全校共有しました。

    「自分にとっては悪気のない軽い言動であっても、相手が嫌だと感じ、傷ついた時点でいじめは成立する」という定義を、改めて全員が心に刻む時間となりました。
    ■ なぜ、いじめを見逃さないことは難しいのか

    続いて、生活委員から「なぜ、いじめを見逃さないのは難しいのか」についての話し合いがありました。

    「注意をしたら自分もターゲットになってしまうかもしれないという不安」や、「雰囲気を壊すのが怖い」「いじめかどうかの判断をするのが難しい」など、いじめを見過ごしてしまう心の中に潜む弱さに鋭く切り込む内容でした。

    生徒たちは生活委員の発表を真剣な表情で聞き、いじめを「見て見ぬふりをしてしまう」背景にある心の葛藤について深く考えていました。
    ■ 「相談者」や「仲介者」になるために必要なこと

    この発表を受け、生徒たちはさらに考えを一歩進め、再び班ごとに話し合いを行いました。

    問いかけたテーマは、

    「生徒一人ひとりが、悩んでいる人の『相談者(話を聴いてくれる人)』や、いじめを止める『仲介者(助けに入る人)』になるためには何が必要か」という、具体的な行動について考えました。

    「小さな変化に気づいて、まずは声をかけること」「一人で抱え込まず、信頼できる大人や周りの仲間にすぐつなぐこと」など、傍観者(見て見ぬふりをする人)から一歩踏み出すための具体的なアイデアが多く集まりました。
     
    ■ 集会を終えて:生徒たちの振り返り

    子どもたちの感想には以下のことが挙げられました。

    ・いじめを目撃した際、見て見ぬふりをせずに行動に移したい。

    ・いじめを見つけたら先生にすぐ報告する。

    ・「大丈夫?」と声をかける。

    ・被害者の相談に乗ったり話を聞いてあげたりする。

    ・一人で抱え込まずに周りに相談するよう促す。

    ・「それは違うんじゃないか」と直接伝える。

    ・一人で怖ければ同じ考えの仲間と一緒に止めに行く。

    また、普段から以下のようなコミュニケーションを意識したいという意見がありました。

    ・普段あまり話さない人とも積極的に話す。

    ・誰とでも平等に接する。

    ・明るい返事をする。

    さらに自分がいじめの加害者にならない、あるいは無意識に相手を傷つけないための行動をとりたいという意見がありました。

    ・言葉を発する前に、相手がどう感じるか一度立ち止まって考える。

    ・自分の言葉に責任をもつ。

    ・丁寧な言葉遣いをする。


    ■ 学校より

    今回の「いのちの集い」は、生徒一人ひとりが「自分の言動に責任をもち、他者の気持ちを深く想像する」ことの大切さを学ぶ、大変貴重な機会となりました。

    いじめや傷つける言葉は、日常のほんの些細な隙間から生まれます。だからこそ、お互いを尊重し合う「誠実さ」が必要です。

    中郡中学校の生徒たちが、今日考えたことを日々の生活で実践し、“誠実に生き、充実した学校生活”を自分たちの手でつくりあげていくことを、温かくサポートしていきます。