啐啄同時

2025年9月11日
    先週から共に学んでる 先生のたまごさん(教育実習生)
    昨日の②校時 保健体育科「バスケットボール」の授業を公開してましたぁ~laugh
    今まで学んできたこと… すべてを子どもたちのために
    あふれる授業でしたよっ 
     バスケットボールを通して 学ぶことで人生を豊かにしてほしい
     バスケットボールを通して 成長してほしい 
     バスケットボールを通して 協力することの大切さを感じてほしい
     バスケットボールを通して 思いやりの大切さを感じてほしい
     バスケットボールを通して…
    本時の1時間に込められた 思いがあふれてたcheeky

    さすがっ
    あぁぁぁ~い~がぁ いちぃ~ばぁん~ winkいりぃ~ちゅうぅぅぅ~
    TEAM入中卒業生


     
    本時で学びたいことをみんなで共有して…
    個々 チームに 声をかけ
    チームの課題が解決できるように…
    笑顔いっぱい  大きな声で  動き回ってた 
    授業を受けてる子どもたち みんな一生懸命学んでたfrown
    伝わるよねぇ~~~frown 先生の思い
    思い出すなぁ…laugh これ
    「研究」をしない教師は先生ではないと思います。まあ、今ではいくらか寛大になって、毎日でなくてもいいかもしれないとも思ったりしますが。(略)子どもというのは「身の程知らずの伸びたい人」のことだと思うからです。一歩でも前進したくてたまらないのです。そして、力をつけたくて、希望に燃えている、その塊が子どもなのです。(略)研究をしていて、勉強の苦しみと喜びをひしひしと、日に日に感じていること、そして伸びたい希望が胸にあふれていることです。私はこれこそ教師の資格だと思います。
    大村はま先生「教えるということ」より 
    sad子どもは「身の程知らずの伸びたい人」力をつけたくて、希望に燃えている塊。
    smiley先生(教育実習生)は、勉強の苦しみと喜びをひしひしと、日に日に感じている、そして伸びたい希望が胸にあふれている…。
    まさに この2つが1つになった授業だったなぁ…ってcheeky 
    そう 四文字熟語で表すと…
    『啐啄同時(そったくどうじ)
    ※絶好の機会のこと。また、学ぶ者と指導者の呼吸がぴったり合うこと。「啐」は、雛(ひな)がかえろうとするとき、殻の中で泣く声のこと。「啄」は、親鳥が卵の殻を外からつついて、雛が出てくるのを助けること。禅宗で、弟子が悟りを開くまであと一歩というとき、師匠がすかさず指導して悟りを得られるようにすることをいう。

     
    先生のたまごさんの授業を参観させていただいて…
    改めて大村はま先生の言葉、啐啄同時…等々思い出させていただきましたぁcheeky

    TEAM入中
    のある 「啐啄同時の授業を目指して努力してまいります

    …追伸
    この授業終了後、願晴りすぎて保健室によった生徒が数人いたとか…angel